鍼灸 青龍堂の由来・ごあいさつ | 東京都葛飾区の女性専門不妊鍼灸院・更年期障害 青龍堂

鍼灸 青龍堂

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鍼灸 青龍堂の由来・ごあいさつ

鍼灸 青龍堂の由来

森羅万象すべてのものが陰と陽に分けられ、自然も生き物も目には見えない空間や感覚も五行である木・火・土・金・水に分類されます。

東西南北の方角は東(木)は春であり、青や緑。南(火)は夏であり赤や朱。中央(土)は土用であり黄や茶。西(金)は秋であり白。北(水)は冬であり黒で現わされます。
東西南北にはそれぞれの方角を守る四神(五獣)が存在し東の青龍(せいりゅう)、南の朱雀(すざく)、西の白虎(びゃっこ)、北の玄武(げんぶ)、中央には黄龍または麒麟を据えるとも言われます。

東の青龍・南の朱雀・西の白虎・北の玄武

東の方角は、季節でいえば春にあたり「物事の始まり」「出発」「生命の誕生」「大事なものを守る本能」に例えられ、その場所を守るのが強く清らかな青い龍なのです。東洋医学の立場から不妊専門の治療院を立ち上げるにあたり、迷わず青龍の名前を選ばせていただきました。

東京は東の都であり、葛飾は東京の中で東に位置します。

パワースポットや神社仏閣や古木や石に不思議な気が宿るように青龍堂と名付けた治療院が清らかな気で満たされ、訪れる女性たちに力を授けて下さることを強く願っております。

ごあいさつ
鍼灸 青龍堂    院長

20141012

資格

・鍼灸師
・あん摩マッサージ指圧師

・経絡リンパセラピスト
・経絡リンパインストラクター

・不妊カウンセラー

・メンタル心理カウンセラー

加盟団体

・NPO法人 全国鍼灸マッサージ協会
・NPO法人  日本不妊カウンセリング学会
・女性鍼灸師フォーラム 会員 

鍼灸 青龍堂の院長を務めます関口眞美と申します。

私が不妊鍼灸を専門にしたいと心に決めたのは、今から20年程前になります。

20~30年前は現在のように不妊症専門の医療機関は大学病院が主で都内でも専門のクリニックは数えるほどしかありませんでした。

もちろん不妊を専門にしている鍼灸院は殆ど無かったと思います。

「不妊は女性の問題であり、子供を産めないのは恥ずかしい事」などという愚かな思い込みと「差別」や「偏見」が女性を苦しめていました。

「産む」「産まない」「産みたい」「産めない」のカテゴリー分類に女性の個々の事情や感情は投影されず、世間一般の負け組的な烙印を押されても、女性は皆さん耐えていらした時代だと思います。


「少子化問題への警鐘による行政の助成制度」「女性の社会的立場の変化」「核家族化」「晩婚化」等を背景にインターネットの普及も後押しし「不妊」というキーワードはメディアや雑誌でも数多く取り上げられ、今やその情報量は巨大に膨れ上がっています。

私は女性自身が自分の身体や人生選択に声を上げられる場所や情報を得られるネットワークが確立したことは良かったと考えています。

先もゴールも見えない長いトンネルの中を止まることも戻ることも許されず、ただひたすら前に進むしかない戦いを続けている女性たちに出会ううち「今の世の中で女性が妊娠・出産し子育てをするという自然な事が難しい」時代なのだとひしひしと感じます。

私は子どもの頃から病弱で、不妊治療も頑張りましたが妊娠はしても出産までは至りませんでした。

しかしながら人生においては、20代で生涯の恩師と出逢い、30代で東洋思想による精神世界に心惹かれ、40代には東洋医学を学ぶことで漢方薬や鍼灸、ヨガの力を借り自身の身体を癒してきました。

 現在の不妊治療は女性にとって肉体的にも精神的にもとても辛く厳しいものです。

東洋医学は本当に女性の心身を癒してくれるものだと思います。
現在進行形で不妊治療を頑張っている方、中断されご自身のメンテナンスを考えていらっしゃる方、様々な立場の女性が前向きに元気に生きていかれる為のささやかなお手伝いができたらと願い、自身が生まれたここ葛飾に不妊専門の鍼灸院を立ち上げました。

他にはない「不妊鍼灸 青龍堂」ならではの施術を是非一度、ご体験頂きたいと願っております。

 

受付スタッフ紹介

     20150809

 

 受付を担当しております寺本と申します。

 ひとりでもたくさんの方が赤ちゃんを

 抱かれる日が来ることを願っております。

 患者様にリラックスして施術を受けて

 頂けるような対応を心がけています。

 宜しくお願い致します。

 

 

 

 

 

株式会社 青龍 代表取締役

 

株式会社青龍 代表 関口尚志

皆さま、はじめまして。
弊社の代表を務めます関口尚志と申します。

患者様のご送迎を担当させて頂いております。

私事で恐縮ですが私は12年前に大きな事故に遭い生死の境を彷徨いました。高度成長期に生まれ、バブル時代を謳歌し、会社を興し、仕事も順調な最中、2002年10月16日北朝鮮から拉致被害者の方々が帰国されたことを伝える号外を駅で受け取ったその日に交通事故によって今までの人生の糸がぷっつりと切れてしまったのです。その日を境に積み重ねてきたビジネスによる人間関係、会社と仕事、家を失っただけでなく私自身の記憶や能力、自信をも失くしてしまいました。

私に残ったものは、私がどんな姿になっても変わらず励ましてくれる友達と支えてくれる家族と長い入院生活と手術、そしてリハビリの日々でした。医学の進歩の恩恵を受け、心身ともに回復することができた今、残りの人生は社会や人の役に立てる生き方をしたいとこの度会社を立ち上げました。私自身10年間両親の介護を経験する中、世の中はますます少子高齢化が進む時代となりました。己の体験を生かしながらたとえ微力でも社会に人に貢献できる企業に育てて参りたいと思っています。